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アルマダインベンシブレ - スペイン留学記

スペイン大好きサブカル大学生が日々考えること。

【日本の女性差別】HKT48のアインシュタインよりディアナ・アグロンに女子大生が思うこと

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ここ最近のSNSを騒がせてやまないHKT48の新曲、「アインシュタインよりディアナ・アグロン」。歌詞を見てみると、なるほどとんでもない女性差別的内容である。

 
この新曲の歌詞には、女性差別と②gleeという作品、またはディアナへの侮辱という大きく分けて2つ問題があるが、今回は女性差別の点にだけ的を絞る。
 
また秋元氏が女の子を商品として扱うのは今に始まった事ではないし、他の方がすでに色々批判してくださっているので、私は秋元氏に対する批判というよりは、この歌詞を見て改めて考え直した、今の日本の女性差別の現状について書いていく。
 
目次

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アインシュタインよりディアナ・アグロン、"どんなに勉強できても愛されなきゃ意味がない"?

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"エンターテイメントだから仕方ない、秋元の歌には前からこういうとんでもないのがあった"とか、"字義通りに取るべきではない"*1とか言う人もいるみたいだが、政治家や学校の先生という立場の人が、女は進学してもキャバクラだの女は仕事を犠牲にして二人産めだの女性差別的発言を連発する日本という国で、こんな歌詞はエンターテイメントとして許されるものではない。

しかもそれを若い女の子に歌わせているのである。炎上商法を目的としたものであったとしても、このようなひどい女性差別が許されないことはもちろん変わらない。

 

特に「どんなに勉強できても愛されなきゃ意味がない」という歌詞は、日本ではもはや呪いであり暴力である。女性差別、蔑視にもほどがすぎる。

 

早慶の女子が、(モテないから)就職先に総合職ではなく一般職を選ぶことがある、と方々から聞くのだが、それが本当だとしたらやるせなさすぎる。

 

 

"頭からっぽでいい"?

まず言葉選びに悪意を感じる。もはや女性全体に対する悪口だろうとまで思うがそれは一旦置いておく。

 

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ヨーロッパでは"頭からっぽ"の女なんかモテない。自分の考えがしっかりあって、それを相手に言えなければお話にならない。

アインシュタインよりディアナ・アグロン?笑止千万である*2

 

別にヨーロッパ至上主義というわけではない。問いたいのは"頭からっぽ"の女は魅力的か?だとすれば誰にとって?それを男が女に求める、強いる日本の社会は正常なのか?ということである。

 

 

日本という国はなぜこうなのか?

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少し前に夫婦別姓を認めようとする動きがあったが、失敗に終わった。とても残念に思った私はどうして法案が通らなかったのか色々調べたのだが、その過程で次のような小話を見つけた。

 

ある男の政治家が、「でもやっぱり、苗字を変えてまで俺と結婚してくれるっていうところに愛を感じるよなあ」という旨の発言をし、周りの政治家達(男性)も概ねうなずいていた、という話だ。

女性の自己犠牲で愛を図るなんて、なんて前時代的なんだろう、ととても残念に思った。またそんな人たちが日本の政治家であることも二重に残念である。

数少ない女性政治家たちが、働く女性にとって時に夫婦別姓がいかに手間となるか伝えようとしているその横で、よくそんな話ができるものだ。

 

私の母の時代では、日本の女性が大学に行くことは婚期が遅れるので良しとされなかった。行ったとしても短大程度が"普通"だったそうだ。その時代からすれば変わりはしたが、日本の女性差別にはまだまだ根深いものがあると思う。

 

(特に年配層の男性の)根底に"自分は(特におつむにおいて)女より優れているはずだ、優れていたい"という考えが見られる。

だからこそ、"アインシュタインよりディアナ・アグロン♪"なのだ。

 

先ほど、"頭からっぽ"の女が魅力的だとすれば誰にとって?という問いをなげたが、もちろんこういったしょーもない考えを持つ一部の男にとって、である。

彼らはそれによって自尊心が得られるのだろう(逆に言えばそうでもしないと保てない薄っぺらい自尊心しか持てない男の人が、こういう考えを持つ)。

 
 

男もつらいよ

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ここまで女が男の自尊心のために利用されている、という体で文章を書いてきたが、この日本の状況は男の人にとってもマイナスである。

 

アインシュタインよりディアナ・アグロン♪の歌詞の中に「誰かに助けてもらえばいい」とあるが、助けるのはだれか?

もちろん"頭からっぽ"でない男の人たちである。

女の子に"頭からっぽ"を求め、"ママになるまで子供でいい"などと言うなら、その分社会で雁字搦めになりながら、身を粉にして働かなければならなくなるのは男の人たちである。

 

その結果どうなるか。日本の男性の自殺率は女性のそれより高く、世界的に見ても高水準をキープしてきた。

 

 

新しい働き方、古い考え方

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さらに最近日本では女性を お国のために"活用"しようとする動きが活発なため、男性と同じように社会に出て外で働く女性は増えてきた。

それ自体は大変喜ばしいことだと私は思うのだが、一方で旧態然として上に書いたような、"男とは、女とはかくあるべき"という考えはまだ年配層を中心に色濃く残っている(若年層にも残っているが)。

 

何も日本人全員が古い考え方を持ち、それにとらわれていると言いたいわけではない。が、程度の差はあれどそういう考えを持つ人が一定数いるのは確かであり、それによって"そういう空気感"が生まれている。

そして私たち日本人は、"そういう空気感"を読むのが大得意だ。読みたくなくても、読んでしまうのである。

 

最終的に新しい働き方と古い考え方がごっちゃになって、日本は大変生きるのに窮屈な国になってしまっているのである。

 
 

まとめ

この女性差別的状況をなんとかしなければ、出生率なんか上がりっこないし( 援助もなし、すべて自己責任と言われて誰がお国のために子供産むねん)、見切りをつけた優秀な若者は日本を出ていくだろう。

未だに女性差別発言を連発する、人の気持ちを推し量ることを知らない今の政治家達に、どうにかする力、意欲があるとは私には思えないが。

 

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*1:ブコマでこう言う人がいたので4/15追記。秋元氏本人の考え方がこの歌詞の通りではなかったとしても、私が問題とするのはそこではなく、日本という国の世間にこのような歌詞をエンターテイメントとして出したこと。

*2:ディアナ・アグロンがアインシュタインと正反対に当たる人物だとは考えていない。ここではあくまで秋元氏的な考え方(女がお勉強?それよりメイクの仕方覚えろよ)で、"アインシュタインよりディアナ・アグロン"を使っている。